model: Yuika
台風が抜けて晴れると思っていた。
夏休みに海へ行けなかった少女は、引き寄せられるように波打ち際へ歩いてゆき、ためらうことなく靴を脱ぐと水にその足を浸す。
乾いた花が一気に息を吹き返すにように、子どもらしい無邪気な表情があらわれる。彼女はもうすぐ11歳になるところ。
電車に乗るのは久しぶりという彼女に、千円札を渡して切符を買ってとお願いすると、まだ一度も切符を買ったことがないという。
買い方を説明してから、おっかなびっくりタッチパネルに触れる彼女の横顔を撮る。
ママが同行しているとはいえ、初めての「一人旅」は緊張するものだ。笑顔に不安が入り混じる。
難波から少し離れた街中に、南海電車の小さな駅がある。
2両しかない電車が30分に一本行ったり来たりするだけの汐見橋線は、大阪都心のローカル線。
途中の木津川駅で降りると、駅前にはなにもない荒涼とした景色が広がっていて、かわいらしい服の少女は、さながらSFマンガの異世界に迷い込んだようだ。
何もない駅前で、彼女は猫じゃらしのような草を手に取りくるくると回す。バッタを見つける。
友達と公園で何して遊ぶのかと聞いたら、彼女は小さな声で「鬼ごっこ」と答えた。
知らなった風景が自分のものになると世界は広がる。
鳥取ノ荘駅で降りると、いつしか彼女は自分から先に立って歩き出す。
一人だから見える風景があるだろう。
夕暮れの海辺でひとしきり遊んだあとの彼女は、ほんの少し大人びて見えた。
Comments