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「青旅」笠岡から北木島へ




冷房の効いた船室から彼女がすぐに出てきて、狭い甲板の硬いベンチに座ったのは意外な気がした。

 

船のエンジンの匂いが嫌だったのかもしれないが、甲板だって排気の熱気を帯びた風が噴き出している。

 

それでも船が動き出し、濁った水の上を走り出すと彼女は目を細めて海を眺める。

 

手を伸ばせば波に手が届きそうな小さな旅客船に乗るのは初めてなのかもしれない。

 

 


青旅は笠岡の古い街並みを歩いて、瀬戸内海の北木島まで行く。

 

強い陽射しが容赦なく降り注ぐ。今年の夏はことさらに暑い。

 

 

 

学校のテニス部に入ってよく日焼けした13歳の少女はよく笑う。

 

カメラのレンズが自分を見ているとわかれば、ぱっと笑顔が浮かぶ。

 

それはもうひまわりの花のような笑顔なのだが、それ顔は彼女の癖のようなもので、心から楽しくて笑っているのではないらしい、というのはファインダー越しにわかる。


無理に笑わなくていいんだよ、と言ってまたカメラを構えると条件反射のように笑顔がこぼれる。

 

そのカットを撮り終えてOKを出すと、ふっと素の顔に戻る。

 

そちらのほうが僕には魅力的に見える。とてもツマラナさそう表情なんだけど。

 


 

島の集落を抜けて小高い丘を越えるとその向こうに青い海が見える。

 

付き添いで来た彼女のママが「あ、海!」と声を上げるが、彼女はとくに感動する様子もなく歩き続ける。

 

13歳のときに自分が何を感じていたかなんて覚えてる大人はいない。

 

この短い旅が彼女の思い出になるとは思わない。

 

風もない夏の熱い空気と、知らない道を歩き続けた疲労感だけが記憶に残るのかもしれない。















































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