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「青旅」伊賀鉄道で夏の川べりへ





「あっつーい!」少女は頭の上で両手で重ねて叫ぶ。

 

彼女のつややかな黒髪は落ちてくる真夏の陽射しを吸い込んで熱そうだ。

 

冗談でじゃあ茶髪にするかと言ったら、「チャパツってなあに?」と聞き返される。

純粋無垢という言葉が頭に浮かぶ。そうか君はまだ大人の階段昇るシンデレラ。

 

十二歳の「青旅」である。

 

電車の中で、おや?と思った。彼女は窓の外を眺めるでなしに、どこかへ視線を漂わせる。

 

目に映るものではなく、まるでVR動画を見ているかのようだ。彼女だけに見えている世界に行っているらしい。

 

名前を呼ぶ。3回くらい呼んでようやく彼女は僕に振り向く。呼び戻して申し訳ない。写真撮らせてくれるかな。

 

何を空想してたのか聞いたら、お菓子の家だそうだ。それがあればいくらお菓子を食べても困らないという。

少女らしい夢と微笑ましいが、もしかしたら彼女は大人になっても同じ夢想をしているような気がするな。

 

そしてそれを本当に実現しているかもしれない。 

 

近鉄から伊賀鉄道に乗り換えて小さな駅で降り、青々とした田んぼの中の一本道を歩く。

青空のキャンバスには白い羊雲がいくつも描かれている。

  

「わたしこういう所がいい」と彼女は言う。気に入ってもらえてよかった。グーグルマップで一生懸命ロケハンした甲斐があった。

  

雑木林を抜けると川に出る。そこが旅の終点。

 

誰も来ない細い橋の上で彼女はいっそう伸びやかになる。

   

シンデレラは夢見る少女のまま大人になって自分で幸せを見つけるのさ。

 





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