フォトスタジオの写真



 

初めて僕のスタジオを訪ねるお客さんは、たいがい階段と坂道を上がって息が切れ、入り組んだ路地に迷う。

 

申し訳ないなあと思いつつ、今日も道に迷ってかかってきた電話に出た。

  

紺色のジャンパーを着た初老の男性は、疲れた表情で路地に現れた。「暑い」を連発する。今日は暖かい。スタジオに扇風機を入れた。汗が引くのを待って撮影を始める。

 



彼は高校を卒業して広島市で消防士を勤め上げ、今月で定年退職する。

  

いつも作業着で勤務しており、制服姿になるこことはあまりないらしい。結婚式で見かける礼服のことを尋ねたら、あれは借りるものだと教えてくれた。

 

 


紺色のブルゾンを着ていたときは「休日のおじさん」といった風情であったが、制服姿になると一変するやはりというべきか、緊張感のある雰囲気に変わる。 僕が女性だったらこれだけで萌える。

     

印象に残った仕事を尋ねたら、2014年8月と2018年7月の土砂災害とのこと。そのほか熊本地震など遠隔地の災害にも派遣されたという。

   

彼が静かな落ち着いた口調で「あれはたいへんだったなあ……」と呟くと、かえってそのときの困難さが浮かび上がる。

 

生死の危険と隣り合わせで働くには、体力も精神力も強くないといけない。ファインダー越しに彼の横顔を見ながら感じる。

  



制服から私服に着替えて撮る夫婦の写真は、彼にとっては初めての体験だった。

 

夫婦で手を繋いでもらったり、顔を近づけたり。ふだんやらなさそうだったけど、やればできるもんじゃねえ。

 

彼は照れながら、生来のひょうきんな性格が顔をのぞかせる。それが魅力的だ。

  


  

退職したら、1ヶ月ゴルフして過ごしたいという。

 

緊張感のある仕事から解放されたら、しばらくのんびりしたいだろう。

 

人生のひとつの区切りで、新しいことを始めるためにも、写真を撮るのは有効です。

 

42年間の彼の仕事に敬意と感謝を込めて。